【2019F1カナダGP】ベッテルはペナルティーで2位に降格…ベッテルへのペナルティー、現在のルールは適切か
【2019年F1カナダGP 結果】
1位 ルイス・ハミルトン
2位 セバスチャン・ベッテル
3位 シャルル・ルクレール
4位 バルテリ・ボッタス
5位 マックス・フェルスタッペン
【更新】
アレックス・ブルツの言葉の訳が一部間違っていたので直しました。発言の趣旨は変わりません。
2019年F1カナダGP ベッテルの経過
FIAのサイトで、全車の全周回タイミングデータをPDFで公開しています。
Canadian Grand Prix Event & Timing Information
(FIA公式サイト)
大半がミディアムでスタート。
ベッテルはポールポジションからミディアムでスタート。
L1 | いいスタートで1位をキープ。2位ハミルトンを1.2秒引き離す。 |
以降、ハミルトンよりいいペースで0.3秒ずつ差を広げる。 | |
L5 | ベッテルがファステスト、1:16.535。ハミルトンと2秒差に。 |
以降も、じわじわ差を広げる。 | |
L11 | ハミルトンと2.5秒差に。 |
L12 | 周回遅れが出始める。 |
周回遅れで差が縮まっても、また引き離し、2.5秒前後をキープ。ルクレールとは6秒差。 | |
L20 | 周回遅れで1.8秒差になったものの、ハミルトンがヘアピンでロックし、再び2.5秒差に。 |
アダミ「プランBに変更する。地道に行け」 | |
L21 | ルクレールがファステスト、1:16.515。以降ルクレールはトップ3で一番速いペースで、前との差を縮め始める。 |
L22 | 以降、ハミルトンとの差が少しずつ縮まり始める。 |
L24 | ハミルトンと1.6秒差に。 |
アダミ「プッシュしろ」 | |
ハミルトン「このタイヤでは、これ以上ライフがないし、たいして速くならない」 | |
L26 | ベッテルがトップ3で最初にピットイン。ミディアムからハードに交換。 |
第2スティント ミディアム | |
L27 | ベッテルはルクレールの14秒後方に戻る。 |
L28 | ハミルトンがピットイン、ハードに交換。 |
ベッテルがファステスト、1:15.333。ハミルトンはベッテルの5秒後方に戻る。 | |
以降、ハミルトンが0.3~0.5秒速いペースで差をつめてくる。 | |
L33 | ルクレールがピットイン、ハードに交換。ハミルトンの10秒後方に戻る。 |
L36 | ハミルトンと2.5秒差。以降、0.5秒ずつ差をつめられる。 |
L39 | ハミルトンがベッテルのDRS圏内に。 |
アダミ「エンジン1(ハイパワーモード)を使える」 | |
L41 | ベッテルがファステスト、1:15.208。ハミルトンとの差が1.3秒に広がる。 |
アダミ「ステアリング上の数字は正しい。行動を起こせ(燃料セーブ?)」 | |
L45 | ハミルトンがファステスト、1:14.939。再びDRS圏内に。 |
L46 | ベッテルが自己ベスト更新、1:15.036。 |
L48 | ベッテルが3コーナーで挙動を乱してコースオフ。グリーンを横切って4コーナー出口に戻ったところでハミルトンと至近距離に。 |
ハミルトン「彼はすごく危険な戻り方をした」 | |
L49 | ハミルトンがヘアピンでロック、差が1.2秒に広がる。その後、再び0.7秒差に。 |
ベッテル「もうDRSの話はしないでくれ」 アダミ「了解」 | |
L52 | ベッテルがファステスト、1:14.903。ハミルトンと1.4秒差に。 |
以降、ハミルトンとの差が徐々に広がる。 | |
ベッテルに5秒加算ペナルティーが科される。 | |
ボノ「ベッテルに5秒ペナルティーが出た。すぐ後ろにいればいい」 | |
L57 | ベッテルがファステスト、1:14.875。ハミルトンと2.8秒差に。 |
アダミ「5秒ペナルティーが出た。危険な戻り方をしたためだ。落ち着いて行け。ハミルトンと3秒差」 ベッテル「でも行き場がなかったんだ。ホントに、行き場がなかったんだよ。たしかに彼は見えたけど」 | |
ハミルトン「もっとパワーを使えないのか? 高速区間で離される」 | |
L59 | 以降はハミルトンのペースが上回り、再び差が縮まり始める。 |
ベッテル「グリーンの上を走って戻れば、そりゃあ最高のグリップがあるよ。いったいどこへ行けたっていうんだ。タイヤに草がついた状態で。あっち側へ行くのを選んだのは彼の責任だ。イン側へ行けば抜けたよ」 アダミ「OK、集中しろ。残り10周」 ベッテル「集中している。彼ら(スチュワード)のせいでレースが盗まれようとしているだよ」 アダミ「了解」 | |
L62 | ハミルトンがファステスト、1:14.813。 |
L63 | ルクレールがファステスト、1:14.356。以降、トップ3で一番速いペース。 |
L64 | ハミルトンがDRS圏内に。 |
アダミ「OK、プッシュしろ」 | |
L69 | ハミルトンと0.5秒差。 |
アダミ「全力を絞り出せ」 | |
L70 | ベッテル、ハミルトンと1.3秒差、ルクレールと6秒差の1位でチェッカー。 |
ペナルティーで5秒加算され、ベッテルは2位に。 |
RACE CLASSIFICATION
— Formula 1 (@F1) June 9, 2019
💪 Hamilton clinches his seventh win in Canada
🏆 Ferrari's first double-podium of 2019
✌️ Renault take double points#CanadianGP 🇨🇦 #F1 pic.twitter.com/mvtcJqH3GK
Who, when and which colour? Here are the #f1 answers to your #Fit4F1 pit stop questions. #CanadianGP 🇨🇦 pic.twitter.com/7Lw0wrPuWQ
— Pirelli Motorsport (@pirellisport) June 9, 2019
【フィニッシュ後の無線】
アダミ「スローモード」
ベッテル「こんなのないよ、こんなのない。ホントに。全然目が見えないのか。グリーンに出て、マシンをコントロールできると考えるなんて。ウォールに当たらなくてラッキーだったんだ。いったい、どこへ行けたっていうんだ。こんなのフェアじゃない。観客は最高、レースも最高だった。みんな、ありがとう。グラッツェ・ラガッツィ」
ビノット「お前が勝った。コース上で勝った。そのほうが重要だ。われわれにとってはお前がウィナーだ。落ち着いて、冷静でいよう」
ベッテル「僕は冷静ではいない。こんなのフェアじゃない。とにかくフェアじゃないよ」
アダミ「ブレーキを冷やしてくれ」
ベッテル「ブレーキは冷やしてる。僕は怒ってる。理由は分かると思う。怒る権利はある。人が何ていうかなんて気にしない」
アダミ「了解」
🎥 | A very, very, very frustrated Sebastian Vettel on the team radio after the race: This is not fair!!! I am angry. And I think you know why. #CanadianGP 🇨🇦 #Seb5 #F1 pic.twitter.com/ekWOClBiRf
— Sebastian Vettel #5 (@sebvettelnews) June 9, 2019
無線にも怒りが表れています。それでも音声を聞けば分かるように、後半「僕は冷静ではいない」「僕は怒ってる」と言っているベッテルの声は落ち着いています(それがかえって怖いともいえますが…)。また、「観客は最高、レースも最高だった。みんな、ありがとう」と言っている声は明るいですね。
マネージメントの難しいレース
まず、レース全体について振り返ります。
予選ではハミルトンを上回ったベッテルですが、決勝のペースはハミルトンのほうが少し上でした。
それでも、第1スティントは序盤に2.5秒差に広げると、その後は最低でも1.8秒のリードを維持していました。
しかし、第2スティントは違いました。ベッテルは先にピットインしたことで、ハミルトンとの差を5秒に広げることに成功しましたが、その後0.5秒ずつ縮められ、11周後にはDRS圏内に入られてしまいました。
わたしは、ハードタイヤのペースが悪かったのかと思ったのですが、単純にそれだけではなかったようです。
ベッテルはレース後に「マネージメントの難しいレースだった」と話しています。これは後ろのハミルトンも同じでした。
決勝は気温が28℃と高く、路面温度も50℃以上でした。ずっとベッテルの後ろを走っていたハミルトンは、ブレーキなどの温度が上がってしまい、時々ペースを下げて冷却する必要があったと話しています。
コクピットの横には冷却孔が開いていますが、メルセデスはレース中にここを調整できるよう、テープ状のものでふさいでいます。カナダGPでは、ピットストップの際にそれを剥がして冷却孔を増やしたそうです。第2スティントの序盤にハミルトンがベッテルを急激に追い上げることができたのは、そのためだとAuto Motor und Sportの解説にありました。
Rennanalyse GP Kanada 2019 Hat der Ferrari-Protest eine Chance?
2019.6.9(Auto Motor und Sport)
一方、前を走るベッテルは燃料が厳しかったようです。元々燃費はフェラーリよりメルセデスが上だと言われています。その上、ハミルトンから逃げるため、時々ハイパワーのモードも使っていたようです。ハミルトンと違ってDRSが使えないこともネックでした。また、カナダはセーフティーカーの出動が多いほうですが、今回はそれもありませんでした。
ベッテルはAuto Motor und Sportに次のように話しています。
ガス欠せずに走り切るために、レース後半は何度も燃料をセーブしなければならなかった。間隔が広がるたびに燃料をセーブした。だからラップタイムが上下していたんだ。
下のグラフは、第2スティントのベッテルとハミルトンのラップタイムです。普段のレースに比べて、タイムが乱高下しているのが分かります。RaceFans.netのラップタイムグラフから転載しました。
2019 Canadian Grand Prix interactive data: lap charts, times and tyres
2019.6.9(RaceFans)
ピットストップで冷却孔を増やし、オーバーヒートの心配が減ったハミルトンは、速いペースでベッテルに追いつきました。しかし、51~55周目はペースが落ちています。これは、タイヤの温度が上がりすぎていたからだと記者会見で説明していました。
ベッテルも、終盤はタイヤが苦しくなったと話しています。面白いことに、第1スティントも第2スティントも、スティントの終盤はルクレールがトップ2より速いペースでした。トップの2人がいかに攻めていたかを物語っていると思います。
ベッテルは48周目に大きく挙動を乱してグリーンに飛び出しましたが、ベッテルだけでなく、ハミルトンもヘアピンで何度かロックし、0.5秒ほどロスしていました。2人ともそれだけ必死に攻めていたのだと思います。
接近して走るのは難しかったとハミルトンは話していますが、それでもDRS圏内に長く留まっていました。また、グラフを見れば分かる通り、58~63周目まで速いタイムを連発し、いったん3秒近くまで広がった差を再び1秒以内に縮めました。ハミルトンのほうがペースに余裕があったことが分かります。
2人ともタイヤや温度、燃料などのマネージメントをしながら、70周にわたって素晴らしい戦いをしていました。特にベッテルは、ペースで劣るにもかかわらず、DRSゾーンが3つもあるこのコースで、よくハミルトンを抑えきったと思います。燃料をセーブするにはストレートエンドでアクセルを早めに戻さなければならないので、その分コーナーで無理をしてタイムを稼がなければなりません。
Auto Bildのラルフ・バッハ記者は、旧約聖書に登場する巨人ゴリアテに勝った羊飼いのダビデにベッテルを例えて称えています。ちょっと大げさな例えではありますが、絶対的に不利な中、ベッテルが先頭を譲らなかったのは間違いありません。
ベッテルはレース後に「レース通して必死に攻め続けていた」「全身全霊をかけて走っていた」と話していました。そうやって必死に戦って、真っ先にチェッカーを受けたレース。2人のチャンピオンによる最高の戦いが、こんな結末になってしまったことが、本当に残念でなりません。
ベッテルへのペナルティーは適切か
ベッテルは48周目にコースアウトしました。そのシーンです。
Race. Defining. Moment. 📽️#CanadianGP 🇨🇦 #F1 pic.twitter.com/053sau3we1
— Formula 1 (@F1) June 9, 2019
このシーンをカルン・チャンドックが解説した動画です。
この場面では、とにかくマシンをスローダウンさせようとしているのが分かる。余裕はあまりなかった。(ウォールとの間隔に黄線)これしかスペースがない。なんとかコースに戻らなきゃならない。それだけに集中していた。
コースに戻ったときの手の動きを見てほしい。大きなスナップオーバーステアが出る。マシンのリアが縁石で跳ねたからだ。戻してみよう。ほらね。この時点では、右にステアリングを切っている(黄色い円)。縁石のせいでリアが跳ね回っていたからだ。
さらに進めると、ようやく修正できた。そして、コース幅いっぱいには使っていなかった。あとで無線で「たしかにルイスは見えた」と言っていた。ステアリングを落ち着かせて、この時点では真っ直ぐだ(黄色の円)。ここから加速を始める。
ルイスの立場も分かる。彼がなぜ、セバスチャンは空間を残してくれなかったと感じたのか。ルイスのオンボードを見よう。ミスしたのを見て…(コマ送りに)ここでセブがスナップオーバーステアのせいで近づいてくる。(一時停止)ルイスにはこの時点で空間がある。
これは、純粋なレースの瞬間だと思う。ジェンソンとかが話していたように、セブは、グリーンにのったあの状況から抜け出そうと、あらゆる手を尽くしていたんだ。そしてコースに戻り、ここで、ルイスにちゃんと空間を残している。ここから寄せ始めている。いかに接近したか見てよ(ベッテルのリアとハミルトンのフロントタイヤに丸)。タイヤの間にまったく空間がない。
でも、彼はルイスをウォールに押し込みはしなかった。たしかにルイスはバックオフを強いられたけど。これはレースだよ。ほかの解説者に同感だ。こういう状況はレーシングインシデントとして、ドライバーに任せるべきだ。
ベッテルは確かにコントロールを失って何度か大きくカウンターを当てていますが、それでもハミルトンのぎりぎり手前でコントロールを取り戻していました。
きちんと減速しコントロールしていた
ベッテルは、コースオフしたのに、順位を失うまいと無茶なスピードでグリーンを突っ切り、そのせいでまたコントロールを失い、ハミルトンに接近したのではありません。
タイミングアプリで、コースオフした3・4コーナーのベッテルのテレメトリーを見てみました。
コースオフした周の前後の数周を見ると、通常は4速に落として130km/h程度に減速し、そこから徐々に加速、4コーナー出口でスロットルが全開になった時点で180km/hくらいです。エンジン回転は8000~1万1000rpm、この間1度もブレーキングはしていません。
一方、コースオフした48周目は、3コーナー入口で加速を始めますが、すぐに69km/hまで落とします(挙動を乱した瞬間)。その後しばらく80km/h台で、85kmあたりで一瞬ブレーキング(おそらくコースに戻ってからオーバーステアを修正した瞬間)。エンジン回転はずっと6000rpm台で、スロットル開度は4分の1以下です。
ベッテルが通常より大きく減速し、慎重にグリーンを横切ってコースに戻っていたのは明らかです。
今度は、ベッテルとハミルトンのテレメトリーを並べて見てみました。すると、ハミルトンは145km/h辺りまで加速したところでブレーキング。ハミルトンがブレーキングを始めたタイミングは、ちょうどベッテルが2回目にブレーキングした瞬間(コース復帰してからのカウンター)に重なります。
このタイミングが正確なら、ハミルトンはベッテルがカウンターを当てている時点で既にブレーキングしていることになり、幅寄せされて完全にスペースがなくなるずっと前から減速を始めていたことになります。姿勢を乱したのを見て危険を感じたからかもしれません。
ハミルトンの速度の落ち方は、ブレーキングした最初のうちは緩やかです(様子見の軽いブレーキング?)。145km/hから130km/hくらいまで下がったところでブレーキは離さずにアクセルを踏み始めます。その直後、また速度が落ち、110km/h辺りまで速度を落としてから再び加速。この2回目の減速が、スペースがなくなってブレーキングしたタイミングだと思います。
後続にブレーキングをさせたのだから、ベッテルの戻り方は安全とは言えない、という意見も分かります。しかし、ベッテルがあれ以上減速したり、イン寄りのラインを取ったりすることは不可能だったと多くのドライバーが言っています。
Auto Motor und Sportのミハエル・シュミット記者は、「私はレーシングドライバーではないから、ベッテルに違うことができたのか判断はできない」ということで、ほかのF1ドライバーに尋ねて回ったようです。
Schmidts F1-Blog zur Vettel-Strafe So macht ihr den Rennsport kaputt!
2019.6.10(Auto Motor und Sport)
私はレーシングドライバーではないから、ベッテルに違うことができたのか判断はできない。だが、私がレース後に聞いたF1ドライバー全員がベッテルのコメントに同意した。安全にコースに戻るためには、あのラインを取るしかなかったと。
「もし彼が少しでも左に動いたら、スピンしていた。グリーンの上でブレーキングしても同じだ」とダニエル・リカルドは説明している。また、こうも言っている。「ルイスにはあまり空間がなかった。でも足りていた」
ハミルトンがコース外に出ていたことを問題視する声もあります。
A closer look at the moment that cost #Vettel from @MSI_Images - should he have been handed a 5s penalty?#CanadianGP #F1 pic.twitter.com/WlkV7CMwb5
— Autosport (@autosport) June 9, 2019
しかし、ハミルトンのオンボードを見ても、ベッテルが寄せてきたので、しかたなくはみ出したというより、自分からはみ出しにいっているように見えます。
実際、4コーナーの立ち上がりは、単独走行でもあそこまではみ出して走っています。これは23周目。写真の奥が4コーナーです。
Is that @LewisHamilton ON the racing line on lap 23?? pic.twitter.com/qenD4YBQDv
— F1 Eoin 🏁🇮🇪☘️ (@F1Eoin) June 10, 2019
サインツも同じところを走っています(ツイートの内容はまったく無関係)。
We had to pit very early on lap three because of a tear-off stuck in a brake duct. That compromised our race and we missed out on those points!!@McLarenF1 @EG00 pic.twitter.com/zMC2MBnpWX
— Carlos Sainz (@Carlossainz55) June 10, 2019
F1フォトグラファーの熱田護さんもコラム(Auto Sport Web)で、ハミルトンがいたのは「あの場所のライン上」と書いています。
ハミルトンがコース外に出ていたのはベッテルに押し出されたからではなく、あそこが走行ラインだったからです。
たしかにぎりぎりでした。ハミルトンがブレーキを踏んでいるのは間違いありません。しかし、ベッテルができる限り減速し、ハミルトンの手前でほぼコントロールできる状態になっていたのも間違いありません。スチュワードもそれは認めています。
ベッテルにペナルティーが出た本当の理由
スチュワードがペナルティーを科したのは、ベッテルがコントロールできないほどのオーバースピードだったからでも、ハミルトンがコース外に出ていたからでもありません。
スチュワードはテレメトリーも、国際映像にはないコース上のカメラの映像も見ることができるので、ベッテルがきちんと減速し、ハミルトンの手前でほぼコントロールできる状態になっていたことは、当然ながら把握していました。
FIAが出したペナルティーの裁定理由は、ごく簡単なものです。
スチュワードは証拠のビデオ映像を確認し、カーナンバー5が3コーナーでコースを離れ、4コーナーで安全ではない方法でコースに戻り、カーナンバー44にコースオフを強いた。カーナンバー44は接触を避けるため回避動作を取らざるを得なかった。
もっと詳しい裁定理由について、ジョナサン・ノーブル記者が取材して、伝えています。
ベッテルのステアリングの動きが、ペナルティの”決め手”となった?
2019.6.11(Motorsport.com日本語版)
カナダGPでペナルティを科されたセバスチャン・ベッテル。彼のステアリングの動きが、スチュワードにペナルティを決断させた最大の理由になったと考えられる。*
(*日本語版では「考えられる」とされていますが、原文(Motorsport.com)には「Motorsport.com has learned」とあり、「~ということをMotorsport.comはつかんだ」という意味なので、これはノーブル記者が関係者に取材してつかんだ内容、ということです。記者の「推測」ではありません。ノーブル記者は元Autosportで、何度もこういうスクープをつかんできた優秀な記者です)
(中略)
ベッテルはコースに復帰した後、大きくステアリングを右に切るなどして、オーバーステアを修正している。しかしその直後、ベッテルはオーバーステアを解決し、サーキットの進行方向へ向かうためにステアリングを左に切り始めた。この動きは、彼がマシンをコントロール下に置いていたことを示している。
しかししばらくして、ベッテルは左への操舵を一旦中止し、一瞬ステアリングをまっすぐにするようなシーンがある。これによりベッテルのマシンはコースの曲がり具合に伴い右側に寄ることになり、ハミルトンのスペースを遮断することになったと考えられる。
このベッテルが一瞬ホイールをまっすぐにした動きが、ハミルトンの進路を塞いだ……これがベッテルにペナルティを科すというスチュワードの決定を後押ししたと考えられる。
また別の映像では、ベッテルはステアリングをまっすぐにした瞬間、右側のミラーを見ていると思われるシーンが映っており、ハミルトンがどこにいるのかを確認していた可能性があることを示している。
コントロールを取り戻した後、ベッテルがステアリングを左に向け続けていれば、ハミルトンが通過する十分なスペースが右側に残されていたはずだ。そうであったなら、今回の件は調査されることはなかっただろう。
路面の色が違う箇所や木の陰を目印に、上からの映像とベッテルのオンボードを並べてみました。上から4コマ目が問題にされた「ホイールをまっすぐにした動き」です(ステアリングの角度を示すため赤線を引いてあります)。
ベッテルは2回ほど小さくステアリングを左に切っては戻す動きをしています。ベッテルのヘルメットが動くのは、その2回目です。
右フロントタイヤの位置を見ると、ベッテルがステアリングを2回目に戻した問題の「動き」以降、フロントタイヤが白線を越えて、ハミルトンの進路をわずかにふさいでいます。
わたしは納得がいきません。
「コントロールを取り戻した後、ベッテルがステアリングを左に向け続けていれば…今回の件は調査されることはなかっただろう」ということは、ベッテルがきちんとコントロールを取り戻していたことをスチュワードは認めていたということです。それなら、「安全にコースに戻った」といえるのでは?
「ベッテルがステアリングを左に向け続けていれば、ハミルトンが通過する十分なスペースが右側に残されていたはず」、たしかにその通りです。でも、すでにコントロールを取り戻していたのに、なぜハミルトンの進路をふさいではいけないんでしょうか。すでにコントロールしているのなら、それはレースでは?
そもそも、「ベッテルが一瞬ホイールをまっすぐにした動き」って、どこのことか分かりますか?
ぜひ、0:11~のベッテルのオンボードで、ご自分の目で確認してください。
Race. Defining. Moment. 📽️#CanadianGP 🇨🇦 #F1 pic.twitter.com/053sau3we1
— Formula 1 (@F1) June 9, 2019
分かりましたか?
「一瞬ホイールをまっすぐにした動き」って、本当に「一瞬」ですよね。ご自分の目で確認してほしかったのはそこです。どこのことなのか分からないくらい、本当に「一瞬」です。
ここまでのすべての動きは問題がなかったのに、この一瞬の「動き」(というか動かさなかった動き)が問題になるのは、わたしはどうしても納得がいきません。
たしかに、競争相手にはスペースを残さなければいけません。でも、こういうケースはほかにいくらでもあります。ベッテルも「僕がアクセルを戻さなければぶつかっていたぞ!」と怒ったことが何度もあります。でも、それもレースです。
先ほど紹介したAuto Motor und Sportの記事より、リカルドの言葉の続きを引用します。
リカルドは似た状況を経験している。「僕は2016年にモナコでルイスと同じ状況になった。彼はコースオフして、戻ってきたときに僕をウォールに押しやりかけた。僕のほうが今回の彼よりスペースがなかった。彼はペナルティーを受けなかった。それはいいことだよ。あれは単にタフなバトルだった」
2016年モナコGPのリカルドとハミルトンのシーンです。
今回のケースとこのシーンとの比較を持ち出すファンやジャーナリストは大勢います。
これはペナルティーで、これはペナルティーじゃないのか、と疑問を投げかけるもの。
Spiegatemi voi la differenza tra questi due episodi.
— Alberto Sabbatini (@sabbatini) June 10, 2019
Anzi, nel caso di HAM la volontarietà era plateale. In quella di VET non è dimostrata ma solo supposta.
Perché due pesi e due misure? pic.twitter.com/KQuNWvtaAh
あるいは逆に、スペースの広さを比べて、2016年モナコのほうが余裕があったとするもの。
Giusto per chi chiede quale sia la differenza tra Monaco 2016 e Montreal 2019. #consimpatia pic.twitter.com/EHfRKoZu8C
— Maurizio Voltini (@MaurizioVoltini) June 10, 2019
なるほど、どれも面白い比較かもしれません。
でも、何かおかしくないですか? そもそも、こんな細かな違いでペナルティーの是非を考えなければならない状況、それ自体がおかしいんじゃないでしょうか。どちらもレースです。なぜ、それではいけないんでしょう?
今回のケースに限らず、ドライビングに関するルールの現状について根本的に考えてみました。
ルールが一人歩きしている現状
F1ドライバーで組織するGPDA会長のアレックス・ブルツは、今回のような裁定が出る現状は、ドライバーの責任でもあると話しています。
Sebastian Vettel: F1's rules-for-everything culture led to Canada penalty, says GPDA boss
2019.6.11(BBC Sport)
われわれは、いちいちすべてのケースについてルールを欲しがった。その結果、こうした状況に行き着いた。
この組織内で、あのペナルティーは正当化できないと考えている者も、一人残らず全員に責任がある。
何年も、こうした出来事や事例が起きるたびに、ドライバーやチーム代表はFIAに対し、何が許されて何が許されないのかを明らかにするため、オープンに話し合うよう求めてきた。1ミリ、1ミクロンの動きに至るまでだ。私はすべてのドライバーズミーティングに出席してきた。
この何年ものプロセス全体が、こうした状況をもたらしている。
こうした断片的な細かいディテールではなく、ルールの根幹を元に、状況を見て公平で合理的な決定を下すことは、もはやなくなってしまった。
今回のベッテルのケースとの比較でもう1つよく取り上げられているのが、2018年日本GPで、シケインでコースオフしたフェルスタッペンがコースに戻った際にライコネンに接触したシーンです。フェルスタッペンに出たのも5秒ペナルティーでした。
ブルツは、あれもペナルティーを取るべきではなかった、と話しています。
2人の直後にいたベッテルはレース後に聞かれて、「彼の戻り方は紳士的じゃなかったと思う」と言っていますが、「僕はペナルティーは好きじゃない」と話していました。
ルールを厳密に取れば、ベッテルの「動き」はペナルティーで当然なのかもしれません。でも、そもそもルールは何のためにあるのでしょうか。あのベッテルの小さな動きは、罰則を与えなければならないほど、重大な問題だったのでしょうか。
マーク・ヒューズのレースレポートより。
2019 Canadian Grand Prix report
2019.6.10(Motorsport Magazine)
ハミルトンはベッテルとウォールの間に入れそうだった。そのためフェラーリが2回目にスライドしたとき、メルセデスは押し出され、ハミルトンはブレーキングを強いられた。
それだけだ。単純なレーシングインシデントである。バトルの最中に常に起きてきたタイプの出来事だ。しかし、ルールがある。その規定は、まったく異なる状況を意図したものだ(例えばスピンしたあと、近づいてくる他車の進路を妨害しないように復帰する場合など)。しかしルールがあるために、それを適用しなければならないという馬鹿馬鹿しい義務が生じる。
マーク・ヒューズがルールの「意図」として例示しているのは、例えば2018年にベッテルが1周目にスピンしたとき、スタート直後のため数珠つなぎになって来るマシンをすべて見送ってからレーシングラインに戻った、といったケースです。それが「安全にコースに戻らなければならない」というルールが存在する本来の理由です。
今回のベッテルのケースはまったく違います。しかし、「安全にコースに戻らなければならない」というルールがあるために、罰則を与えるほどひどい違反ではないのに適用されてしまった。
反対に、もっと危険で禁止すべき行為が野放しになった例もあります。
2016年のベルギーGPでフェルスタッペンは、ケメルストレートエンドのブレーキングゾーンでラインを変えてライコネンをブロックするという危険な行為をして、問題になりました。そのときにマーク・ヒューズはこう書いていました。
Does Verstappen need to be stopped?
2016.8.31(Motorsport Magazine)
スポーティング・レギュレーションには、こうした動きを取り締まる十分な規定がない。しかし、規定など必要はない。スパでフェルスタッペンがしたのは、無条件に命を危険にさらし、致命的な被害をもたらす行為だ。許されるべきではない。それに対する彼へのメッセージもまた、同様に絶対的なものであるべきだった。黒旗だ。つまり、ピットインし、エンジンを切り、マシンから降りろ。今日のお前のレースは終わりだ。
(中略)
以前は、こうした行為はドライバーが共有する行動規範によってカバーされていた。それを言葉に落とし込もうとしたところから問題が始まった。どんな言い回しをしても常に抜け穴が生まれる。言葉で何が合法かを規定した途端、それなら書かれていない行為はすべて合法なんだな、と考えるのが競技者の当然の反応だ。
F1がドライビングのマナーに関するルール違反を厳しく適用し、ペナルティーを科すようになったとき、最悪の面が2つ現れた。1つは、軽い違反にまで一律に関与しようとする官僚主義。もう1つは、真に危険な行為を合法としてしまう抜け穴である。直感的な行動規範を言葉に落とし込もうとした結果、関与しなければならないという義務をスチュワードに感じさせ、レースの自然なあり方や流れが阻害されている。
以前は、認められる行為に対する個々の解釈の違いは、レース後に当事者のドライバー同士で少し言葉のやり取りをして解決していた。そうした解釈の違いは、行為の重大性ではなく、あくまで程度の問題に関することが多かった。
ヒューズ記者が「黒旗を出すべきだった」と主張しているフェルスタッペンのブロック行為は、その後ルールとして禁止されました。それで最初にペナルティーを取られたのがベッテルです(2016年メキシコGP)。しかしそのときも、本来ルールで禁止しようとしていた本当に危険なブロックではありませんでした。しかし、「軽い違反にまで一律に関与しようとする官僚主義」によってベッテルにペナルティーが科されました。
今のように細かな違反にいちいちペナルティーが科されるようになったのは、比較的最近のことです。今回ベッテルが科されたのは、ペナルティーのうちで最も軽い5秒加算です。これができたことも、ペナルティーが増えた一因ではないかと思います。
小さなペナルティーが設けられるきっかけとなったのが2012年のドイツGPです。ベッテルは残り2周でヘアピンのアウトからバトンをオーバーテイクしようとしましたが、立ち上がりでコース外に出たため、20秒加算のペナルティーを受けました。そのためベッテルは2位から5位に後退してしまいました。
20秒もの大きなペナルティーが科されたのは、このときはほかにペナルティーがなかったからです。レース後にそれが問題になり、軽微な違反に対するペナルティーとして5秒、10秒加算が設けられました。そしてその結果、ペナルティーが科されるケースが増えて、今があるというわけです。
例えば今回のケースで、5秒加算は厳しいから3秒加算を作ろうとか、グリーンにはみ出した場合と舗装ランオフにはみ出した場合とで別の規定を作ろうとか、そういう意見も目にしました。しかし、ヒューズ記者が指摘している通り、どんなにルールを細かくしても、本来とは違う意図で適用されたり、本来なら禁止すべき行為が漏れたりします。
最近の若いドライバーは危険な行為を平気ですると言う人もいますが、それも、細かなルールがあるがゆえに、そのルール以外は何をやってもいいという考え方がどこかにあるのかもしれません。
ベテランジャーナリストのピーター・ウィンザーは、テクニカルレギュレーションは1ミリでもはみ出せば罰せられて当然だが、ドライビングも同じようにレギュレーションで裁定しようとすること自体が間違いだと話しています。こうしたルールが作られるきっかけになったのは、奇しくも同じカナダGPで、ミハエル・シューマッハがウィービングをしたことだった、とも。
F1 with Peter Windsor - Canada4. The Vettel Incident.
2019.6.10(peterwindsor YouTube)
また、そうした傾向はF1だけではないとして、同じ週末にイギリスF3でも同じようにレギュレーションで5秒ペナルティーを科されたケースを紹介しています。どちらの場合もペナルティーを科すべき状況ではなかった、だが、何かが起きたあとで議論をしてもしかたがない、事前に行動を起こすべきだ、ルールが一人歩きしている現状に対して、ドライバーがもっと声を上げるべきだと話しています。
いっそ、細かいルールは全部なくしてしまって、本当に危険な行為には黒旗を出すようにしたほうがいいのかもしれません。
2016年ベルギーのフェルスタッペンや、2017年アゼルバイジャンのベッテルの体当たりなどは黒旗。今回のケースや、昨年の日本GPのフェルスタッペンのケースは一切不問。文句があったら、レース後に当事者同士で話し合って(あるいはベッテル曰く昔のように殴り合いで)解決する。
何の非もないのにぶつけられてマシンが壊れたら不公平です。でも、それもしょうがない。少し前まではそうでした。
ドライビングに対する規制第1号は、「抜かれないようにブロックする際のライン変更は1回まで」というルールです。これができたときには、そんなことをルールで縛るなんて!とすごくあきれました。今でもはっきり覚えています。
それがこの十数年で大きく変わりました。もう、こうしたルールがなければレースができないような気がしますが、少し前まで、そんなものはなくてもちゃんとレースはできていました。
これが極端な意見なのは分かります。
何が許されて何が許されないか、ルールをどこまでも細かくしていく(抜け穴は必ずあり、不必要な適用もある)
あるいは
絶対に許されない行為にだけ厳罰を科す(それ以外の不公平は我慢し、当事者の話合いで解決する)
あるいは…? もっといい中立の方法があっていいはずです。
Auto Motor und Sportのミハエル・シュミット記者は、こう書いています。
決められた罰則を適用しただけ、という言い逃れはできない。適用するのは、ルールの本来の意図と合致するときのみに限定するべきだ。
結局は、これに尽きると思います。
スチュワードは、あらゆる角度の映像やテレメトリーデータなどが使えます。でもかえってそのせいで、本当に重要なことを見失っているのではないでしょうか。あんな小さなステアリングの動きを決め手にペナルティーを科すことは、どう考えてもルールの本来の意図から外れています。
たとえばサッカーなら、ファールが起きたらプレーを止めて、そこから再開します。ペナルティーエリア内の反則は原則PKですが、ゴールにつながる可能性が高いため、ペナルティーエリア外の単なるフリーキックよりも、本当に「重大」な違反にのみPKが与えられます。
レースは違います。途中で止めてやり直すことはできません。たとえ最低限の5秒ペナルティーであっても、レースの結果を左右する重大な要素になり得ます。サッカーでいえば、フリーキックではなくてPKです。だからより慎重に判断する必要があります。
「より慎重に判断する」というのは、あらゆる証拠を精査して、という意味だけではありません。大事なのは、違反をしたかどうかではなく、その違反が「重大」かどうかです。違反をしたかどうか分からない、あるいは個人の解釈によってばらつきが出るような違反は、そもそも重大ではありません。
現在、スチュワードが審議をする際は、過去の同様の事例を参照するシステムがあるそうです。しかしその過去の事例も、盲目的に追随する前に、本当にルールの本来の意図に沿ったものなのか、罰則を科すほど重大な違反なのかどうかを見直す必要があるのではないでしょうか。
そして何よりも、それぞれのルールが必要な理由、その本来の意図を、もう一度考え直すときに来ているとわたしは思います。
そしてファンであるわたしたちも、ルールが必要な理由、わたしたちが求めるレースに本当に必要なルールは何なのかを、真剣に問い直すべきだと思います。
ベッテルとは直接関係のないことをダラダラと書いてしまいました。
ベッテルはレース後の記者会見で、「この仕事を同じレベルでやりたいけど、今の時代より、昔の時代でやれればよかったのにと思う」と話していました。誰よりもF1が好きなベッテルがこんなことを言うなんて、わたしは本当に悲しいです。わたしには何の力もありません。でもせめて、F1の現状について真剣に考えたいと思いました。
ベッテルは記者会見などで、今回のレースの素晴らしかったことも話していました。それは次回ご紹介します!